横浜地方裁判所 昭和55年(行ウ)15号 判決 1984年3月28日
第一五号事件原告
粉川シメ子
第七号事件原告
桜井孝次
右原告両名訴訟代理人
本多清二
第一五号事件被告
横浜市神奈川区長
浅野公昭
右訴訟代理人
綿引幹男
右指定代理人
大沢正之
外一名
第七号事件被告
神奈川県知事
長州一二
右指定代理人
五十嵐敬夫
外四名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 第一五号事件被告横浜市神奈川区長が昭和五四年五月八日付けで同事件原告粉川シメ子にした療養費支給決定を取り消す。
2 第七号事件被告神奈川県知事が昭和五四年一二月一七日付けで同事件原告桜井孝次にした療養費支給決定を取り消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 第一五号事件の経緯
(一) 原告粉川シメ子(以下「原告粉川」という。)は、昭和五三年九月四日から同年一〇月三一日までの間、アラルコン・イマヌエル(以下「アラルコン」という。)から右膝部捻挫、腰部捻挫療養のための施術(以下「本件(一)の施術」という。)を受け、これに要した費用三万〇一五〇円から一部負担金に相当する九〇四五円を控除した二万一一〇五円につき、国民健康保険法(以下「国保法」という。)五四条一項に基づき、同五四年三月五日被告横浜市神奈川区長(以下「被告区長」という。)に対し、療養費の支給を申請した(以下「本件(一)の申請)という。)
(二) 被告区長は、昭和五四年五月八日原告粉川に対し、療養費一万三五三一円を支給する旨の決定(以下「本件(一)の決定」という。)をした。
(三) 原告粉川は、昭和五四年六月二一日神奈川県国民健康保険審査会に対し、本件(一)の決定に不服があるとして審査請求をしたが、同五五年四月二二日同請求棄却の決定を受けた。
2 第七号事件の経緯
(一) 原告桜井孝次(以下「原告桜井」という。)は、昭和五四年九月一日から同年一〇月一八日までの間、アラルコンから背部打撲、腰部捻挫療養のための施術(以下「本件(二)の施術」といい、なお、本件(一)、(二)の施術を一括して「本件各施術」ともいう。)を受け、これに要した費用一万一一三〇円につき、健康保険法(以下「健保法」といい、なお、国保法と健保法を一括して「法」ともいう。)四四条に基づき、同年一一月二四日被告神奈川県知事(以下「被告知事」という。)に対し、療養費の支給を申請した(以下「本件(二)の申請」といい、なお、本件(一)、(二)の申請を一括して「本件各申請」ともいう。)。
(二) 被告知事は、昭和五四年一二月一七日原告桜井に対し、療養費六七九〇円を支給する旨の決定(以下「本件(二)の決定」といい、なお、本件(一)、(二)の決定を一括して「本件各決定」ともいう。)をした。
(三) 原告桜井は、昭和五五年一月一八日神奈川県社会保険審査官に対し、本件(二)の決定に不服があるとして審査請求をしたが、同年二月二一日同請求棄却の決定を受け、同年四月九日社会保険審査会に対し、再審査請求をしたものの、昭和五七年二月二七日同請求棄却の裁決を受けた。
3 本件各決定の違法性
しかしながら、本件各決定は、療養費の支給額を定めた国保法五四条三、四項、四五条二項、健保法四四条ノ二の解釈適用を誤つた違法な処分である。
よつて、原告粉川は本件(一)の決定の取消しを、原告桜井は本件(二)の決定の取消しをそれぞれ求める。
二 請求の原因に対する認否
1 (被告区長)
請求の原因1項の各事実は認める。
2 (被告知事)
同2項の各事実は認める。
3 (被告ら)
同3項は争う。
三 被告らの主張
1 保険給付の原則
法は、保険給付として、傷病の治療については、療養そのものの現物給付を行うことを原則としており(健保法四三条、国保法三六条)、療養の給付の中心となるものは、法所定の指定を受けた保険医療機関が、法所定の登録を受けた保険医に担当させて行う診療である(健保法四三条ノ二ないし五、国保法三七ないし四〇条)。そして、被保険者は保険医療機関で療養の給付(保険診療)を受け、保険医療機関は保険者に対し療養の給付に要する費用を請求するという制度が採用されているところ、保険医療機関が保険者に請求し得る費用の額は、療養の給付に要する費用から被保険者の一部負担金に相当する額を控除した額とされ(健保法四三条ノ九第一項、国保法四五条一項)、更に、療養の給付に要する費用すなわち診療報酬は、厚生大臣の定むところにより算定すぺきものとされ(健保法四三条ノ九第二項、国保法四五条二項)、厚生大臣は、これらの法の規定に基づき、昭和三三年六月三〇日厚生省告示第一七七号をもつて「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(以下「厚生省告示」という。)を定めている。
2 現物給付の例外
一方、法は、①療養の給付を行うことが困難であると保険者が認めたとき、又は②被保険者が緊急その他やむを得ない場合に保険医療機関以外の医療機関等の診療若しくは手当を受け保険者がその必要ありと認めたときは、現物給付たる療養の給付に代え現金給付たる療養費の支給をすることとしている(昭和五五年法律第一〇八号による改正前の健保法四四条、以下同条につき同じ。国保法五四条一項)。
そして、右の療養費の支給額は、療養に要する費用から一部負担金に相当する額を控除した額を標準として保険者が定めるとされ(健保法四四条ノ二第一項、国保法五四条三項)、更に、右の療養に要する費用の算定に関しては、健保法四三条ノ九第一、二項の「療養ニ要スル費用」の算定の例によると規定されている(健保法四四条ノ二二項、国保法五四条四項、四五条二項)。
法の右規定は、支給する療養費の額について、健保法四三条ノ九と同様の算定方法によつて算定するという趣旨ではなく、あくまでも保険者が現金給付の額を定める際に健保法四三条ノ九の算定方法を参考として斟酌するという趣旨であつて、最終的にはこれをもととして保険者はその額を裁量によつて決定することになる。
すなわち、療養費の支給をする場合としては、非保険医の診療行為や、本件のような柔道整復師による施術、あんま、はり、きゆう、沖縄の医かい輔による治療等種々のケースが想定されるところ、これらの診療又は手当は、その内容が現物給付について定めた厚生省告示が予定している診療内容と一致するとは限らないし、診療方針も異なることが考えられる。特に、非医師の場合は、保険医療機関において診療を担当する医師とはその資格を異にしているので、その療養行為が医師の診療行為と同質のものとはいえず、それに要する費用は医師の診療に要する費用とは当然異なることが考えられる。したがつて、療養費の支給の場合に、被保険者の受けた療養に要する費用の額を算定するに際し、保険医療機関において保険医によつて行われる診療に要する費用の額の算定方法を定めた厚生省告示をそのまま使用することは適当でないので、厚生省告示によつて算定される額を一応の基準として、保険者においてその専門的技術的知識を基に諸般の事情を考慮して個々的に療養に要する費用の額を決定すべきものとしたものである。
3 保険局長通知
柔道整復師の施術は、健保法制定当初から特例的に同法四四条の「療養ノ給付ヲ為スコト困難ナリト認メタルトキ」に該当するとして、療養費の支給の対象とする取扱いがなされてきた。
ところで、政府の管掌する健康保険の保険者は国であるところ、療養費の具体的な支給額の決定の事務は、都道府県知事に委任されている(健保法施行令二条四号)ので、柔道整復師の施術に係る療養費の支給額の決定も知事が行つている。しかしながら、各都道府県ごとに、柔道整復師の同種の施術について、異なる支給額が決定されることになれば、法の公平妥当な運営が阻害されるおそれがあるといえる。
主務大臣である厚生大臣は、右支給額の決定については都道府県知事を指揮監督することができる(国家行政組織法一五条一項、地方自治法一五〇条)。したがつて、右指揮監督権の発動として柔道整復師の施術に要する費用の額の算定基準を定め、これを都道府県知事に通達することができるから、健保法の実施を所管する厚生大臣の命を受けた補助機関たる厚生省保険局長が、療養費の支給額を全国的に統一し、法の公平を図る上から、「柔道整復師の施術に係る療養費の算定基準」(昭和三三年九月三〇日付保発第六四号及び昭和五三年二月二五日付保発第一四号厚生省保険局長通知。以下「保険局長通知」という。)を定め、これにより柔道整復師の施術に要する費用の額を算定し、その額から一部負担金に相当する額を控除した額で療養費の支給を行うべきことを関係者に下命している。保険局長通知は、健保法四四条ノ二第一項の実施につき権限を有する者の「依命通達」という性格を有するものである。
そして、保険局長通知は厚生省告示によつて算定される「療養ニ要スル費用」の額を一応の基準として定めているものであつて、かつ、健保法四四条ノ二第一項で保険者に与えられている裁量権の範囲内において柔道整復師の施術に要する費用の額の算定基準を定めたものであるから、本件(二)の施術の療養費支給額を決定するについても、これを適用して算定するのが相当である。
更に、国民健康保険の保険者は市町村及び特別区である(国保法三条一項。なお、横浜市神奈川区の場合は、療養費の具体的な支給額の決定の権限を被告区長に委任している。)が、国保法の療養には、給付範囲、療養の給付、療養費の支給に関する取扱い等について健保法の療養と大部分において同様の取扱いがされて今日に至つており、また、保険局長通知が全国的に療養費の支給額の公平を保ちその運用の統一を図る必要から定められたことに照らし、本件(一)の施術についても、それが国保法五四条一項の「療養の給付を行うことが困難であると認めるとき」に該当するとして、保険局長通知を適用してその療養費支給額を算定するのが相当である。
4 本件(一)の決定の根拠
ところで、原告粉川はアラルコンから本件(一)の施術を受け、それに要した費用は、三万〇一五〇円(内訳 初診料一〇〇点。再診一回当たりの点数三三点、回数一九回、六二七点。変形徒手矯正術一回当たりの点数三五点、回数一三回、四五五点。変形機械矯正術一回当たりの点数三五点、回数二〇回、七〇〇点。副子固定料一回当たりの点数三五点、回数一回、三五点。電気療法料一回当たりの点数一〇点、回数三九回、三九〇点。マッサージ料一回当たりの点数一二点、回数一四回、一六八点。湿布処置料一回当たりの点数一八点、回数三〇回、五四〇点。合計三〇一五点。なお、一点単価一〇円)であるとして、これから一部負担金に相当する額九〇四五円を控除した二万一一〇五円を国保法五四条一項に定める療養費とし、その給付を求めて本件(一)の申請をしたものであるが、原告粉川の右請求金額は、医師の医療行為に適用される厚生省告示別表第四診療報酬点数表(乙)(以下「乙表」という。)に基づき算出されたものであつた。
しかし、原告粉川は柔道整復師の施術を受けたものであり、本件(一)の申請は、柔道整復師の施術に係る療養の費用の支給申請であるから、保険局長通知により算定すべきものであるので、被告区長は同通知に基づき療養費を一万九三三〇円(内訳 初検料六〇〇円。右膝部捻挫について施療料四七〇円。後療料一回当たり四〇五円、回数一九回、七六九五円。温罨料一回当たり八〇円、回数二〇回、一六〇〇円。腰部捻挫について施療料四七〇円、後療料一回当たり四〇五円、回数一九回、七六九五円。温罨料一回当たり八〇円、回数一〇回、八〇〇円。計一万九三三〇円)と算定し、これから一部負担金に相当する額五七九九円を控除した一万三五三一円の支給決定を行つたものである。
5 本件(二)の決定の根拠
更に、原告桜井はアラルコンから本件(二)の施術を受け、それに要した費用は、一万一一三〇円(内訳 再診一回当たりの点数三三点、回数七回、二三一点。変形徒手矯正術一回当たりの点数三五点、回数七回、二四五点。変形機械矯正術一回当たりの点数三五点、回数七回、二四五点。シアテルミー療法一回当たりの点数一〇点、回数一四回、一四〇点。湿布及処置料一回当たりの点数一八点、回数一四回、二五二点。合計一一一三点。なお一点単価一〇円)であるとし、健保法四四条に定める療養費として、その給付を求めて本件(二)の申請をしたものであるが、原告桜井の右請求金額は、本件(一)の申請同様、乙表に基づき算出されたものであつた。
しかし、原告桜井もまた柔道整復師の施術を受けたものであり、本件(二)の申請は、柔道整復師の施術に係る療養の費用の支給申請であるから、本件(一)の決定と同様に、保険局長通知により算定すべきものであるので、被告知事はこの通知に基づいて算定し、六七九〇円(内訳 背部打撲について後療料一回当たり四〇五円、回数七回、二八三五円。温罨法一回当たり八〇円、回数七回、五六〇円。腰部捻挫について後療料一回当たり、四〇五円、回数七回、二八三五円。温罨法一回当たり八〇円、回数七回、五六〇円。計六七九〇円)の支給決定を行つたものである。
6 結論
以上のとおり、本件各施術の療養費の支給額については、保険局長通知に基づいて算定されるのが相当であるところ、本件各決定は、いずれも、同通知に基づいて本件各施術に対する療養費を算定している。
よつて、本件各決定はいずれも適法であり、原告らの請求はいずれも理由がない。
四 被告らの主張に対する原告らの認否
1 被告らの主張1項の各事実は認める。
2 同2項のうち、健保法四四条ノ二第一項及び国保法五四条三項の解釈は争い、その余の各事実は認める。なお、被告らは、右各規定所定の療養に要する費用を、厚生省告示に基づいて算定することなく、保険局長通知を直接適用して算定し、そこから一部負担金を控除して直ちに支給療養費額を決定しているが、本件各施術をも含めて柔道整復師が一般に行う治療は、厚生省告示が予定している整形外科医の行う整復治療と全く同一である。
3 同3項のうち、柔道整復師の施術が健保法制定当初から特例的に同法四四条の「療養ノ給付ヲ為スコト困難ナリト認メタルトキ」に該当するとして、療養費の支給の対象とする取扱いがなされてきたこと及び被告ら主張の保険局長通知が存在することは認め、その余は争う。
4 同4、5項のうち、本件各申請がいずれも乙表に基づき算定されていること及び本件各決定がいずれも保険局長通知に基づき算定されたものであることは認め、その余は争う。
5 同6項は争う。
五 原告らの反論
1 保険局長通知と料金協定
(一) 旧来、柔道整復師のする施術に対する療養の算定方法は、個々の場合に証拠書類に基づいて適当に決定する実費主義が採用されていた(昭和二年二月二日保理第四四三号通知)が他方、保険者が療養の給付に要する費用を仮定し、これを標準として決定する方法も採用され(昭和二年二月二六日保理第七三〇号社会局保険部回答)ており、一定していなかつた。
ところが、その後、保険者が各都道府県ごとに療養費をあらかじめ特定の柔道整復師営業者の団体(以下「協定団体」という。)と協定(以下「料金協定」という。)し、その金額を標準として療養費が決定、支給される行政取扱い(以下、料金協定に係る施術料を「協定料金」といい、右行政取扱いを「協定料金方式」という。)がされるに至つた(昭和一一年一月二二日保発第三五号社会保険部長通牒)。
そして、厚生省もまた、このような協定料金方式を前提として、保険者に対し、協定団体と料金協定をしたときは遅滞なくその協定書の写しを提出するように指示し(同年二月保発第六八号社会保険部通牒)、協定料金方式を原則化した。
以後、協定料金方式が踏襲され、厚生省は、昭和一九年三月庁府県長官に対し、保険者が料金協定を締結する際の料金表を作成し、一定の料金幅の枠内で地方の慣行料金等を考慮するように指示し(同月二日保発第一三三号局長通牒)、更に、昭和二一年一二月各地方長官に対し、料金表を示して料金改定を指示し、右料金表にないもの又は右料金表により難い特別の事情のあるものについては、当事者間においてその都度協議の上料金を定めるように通知し(同月一六日保発第一二八七号厚生省保険局長通知)、次いで昭和二七年五月都道府県知事に対し、従前の各都道府県単位の料金協定が区々であつて保険給付の公平を欠くという理由から、前記昭和二一年通知の料金表を改めて別の料金表を作成し、同表に基づいて料金協定を改定するよう通知した(同月一三日保発第二九号保険局長通牒)。
(二) このように、柔道整復師の施術についての療養費は、料金協定に基づいて算定されてきたのであり、保険局長通知もまた、保険者が協定団体との間で料金協定を締結、改定する際に考慮されるべき行政庁部内の内部的指導にすぎない。したがつて、同通知は、直接柔道整復師の施術料金ないし療養費の基準になるという形式を持つておらず、料金協定に同意したとみなされるもの、すなわち、協定団体に加入している柔道整復師のみが拘束を受けるにすぎない。
(三) なお、料金協定は、施術料金のほか、施術項目、療養費委任払い方式を認めており、特に療養費委任払いは、施術担当柔道整復師が保険者から被保険者の代理受領者という形式で直接施術料金を受領できるという特典であり、この場合には、被保険者には一部負担金以外の一切の出費がないため、実質的には療養の現物給付が行れたのと同様の結果になる。
他方、右特典は、料金協定を締結できない柔道整復師団体に所属している柔道整復師には認められず、これらの柔道整復師の施術を受けた被保険者は、一旦同料金の全額を現金で支払い後日その出捐した金員のうち保険者が一定の基準のもとに療養費として認める限度内において金員の支払いを受けるにすぎない。
したがつて、協定団体に所属していない柔道整復師は、右特典が受けられない以上、実質的にも料金協定の拘束を受ける理由は全くない。
(四) そして、本件各施術をした柔道整復師アラルコンは、協定団体である社団法人日本柔道整復師会に所属していないのであるから、保険局長通知及びそれに基づく料金協定に拘束される理由はなく、本件各施術に対する療養費は、原則に戻り、健保法四四条ノ二、四三条ノ九第一項、国保法五四条、四五条二項により厚生省告示乙表に基づいて算定されなければならない。
2 療養費算定の原則
また、健保法四四条ノ二第一項及び国保法五四条三項所定の療養費の額は、厚生省告示によつて算定される療養に要する費用から法の定めている一部負担金に相当する額を控除した額を標準として、保険者が定めるとされている(健保法四四条ノ二第一項、国保法五四条三項)ところ、被告らは、保険局長通知を本件各施術に直接適用して右療養に要する費用に相当する額を算出し、そこから右一部負担金を控除して直ちに療養費を決定している。
このことは、柔道整復師のする診療の場合にも、一応は厚生省告示を適用して基礎的な療養に要する費用を確定し、そこから右一部負担金を控除して標準となる療養費を算出するという法形式に著しく違反するものであり、法が保険者に許容している裁量の範囲を逸脱している。
したがつて、保険局長通知に基づいて算定された本件各決定は、健保法四四条ノ二第一項、国保法五四条三項に反し、違法である。
六 原告らの反論に対する被告らの認否
1(一) 原告らの反論1(一)項の事実のうち、原告らの主張の通牒、通知等の存在は認める(ただし、それらの内容は、被告らの再反論1項のとおりである。)が、その余の事実は否認する。
(二) 同(二)項の事実は否認する。
(三) 同(三)、(四)項は争う。法は保険医療機関において保険給付をすることを原則としているのであるから、非保険医療機関あるいは協定料金を実施していない柔道整復師の治療を受け、その結果、療養費の委任払いが認められず又は協定料金等以上の施術料を支払いながらその部分につき療養費が支給されなかつたとしても、それは受診者の任意の選択によるものであり、その不利益は受診者すなわち原告らが甘受しなければならない。
2 同2項は争う。
七 被告らの再反論
1 保険局長通知の制定経過
(一) 健保法施行当初(大正一五年七月一日施行。保険給付及び費用に関する規定は、昭和二年一月一日から施行)から療養費支給件数の中では、柔道整復師から治療を受けた費用を被保険者が保険者に療養費として請求する件数が大部分であつた。つまり、当時の整形外科の未発達という一般的条件によるためか、被保険者が、骨折、捻挫等の負傷などに関する治療を柔道整復師から受けることが多かつた。しかしながら、これら柔道整復師の治療費の内容が区々にわたり、療養費の支給額を決定するのに種々事務上の困難を来たした。このため、昭和一一年に各都道府県ごとに当該県所在の柔道整復師会と協定を結び、料金表を定めて支給することを社会局保険部長通牒(昭和一一年一月二二日保発第三五号「柔道整復術営業者に就き手当を受けんとする場合の取扱い」)として都道府県知事に下命された。
(二) その後、昭和一七年の健保法改正により療養費についても施行令を改正し、支給の条件を緩和したが、柔道整復師につき手当を受ける場合の取扱いについては、緊急その他やむを得ざる事由のあるときを除き、事前承認制をとり、また、その承認に当たつては、骨折及び脱臼については医師の同意の有無を確かめ、手当の期間日数、回数などの条件をつけて承認し、頭骨骨折、脊椎骨折、その他単純でない骨折については保険医又は保険者の指定する者の診療を受けさせるという取扱いがなされた。しかしながら、柔道整復師に許された治療についての柔道整復師会との協定料金は各都道府県ごとに区々にわたり、したがつて、患者の差額負担もまちまちになり、保険行政上好ましくない事態が生じていたので、昭和一九年四月以降は中央(厚生省)において一点単価の標準を定めた(昭和一九年三月二日保発第一三三号「被保険者又は被扶養者が柔道整復術営業者の施術を受くる場合の料金等の協定に関する件」)。このため、新たに骨折、脱臼及び打撲の各部位について整復料、処置料の点数及び処置又は治療回数が定められ、保険医の場合と同様、所定の単価に点数を乗じた額が施療の報酬とされ、その他、乱用を防止するとともに、運営の円滑を期するため施術録の様式を統一すること及び必要な事項を協定書に挿入することが定められた。その後、保険医の診療報酬単価の改定もなされたことを考慮して柔道整復師の施術に係る単価も引き上げられ、昭和二一年一二月に新たな料金表が決められ、右料金表に基づいて柔道整復師の施術に係る療養費の支給がなされてきた(昭和二一年一二月一六日保発第一二八七号「被保険者又は被扶養者が柔道整復術営業者の施術を受くる場合の料金等の協定に関する件」)。更にその後、関係施術者からは、料金改定の要望が強くなり、また、料金協定は、各都道府県によつて、その内容が区々で保険給付の公平を欠いていたので、日本柔道整復師会及び日本整骨師会(後に、日本柔道整復師会として一本化)の意見を参考として鋭意検討を重ねた結果、昭和二七年六月以降新たな料金表が定められた(昭和二七年五月一三日保発第二九号厚生省保険局長通知「柔道整復師との施術協定について」)。その際、従来、特別の事由のある場合は、地方の当事者間において施術点数等を協議決定することとしていたが、今後は、事前に厚生省に内議して定めることとし、柔道整復師の施術に係る療養費の給付についてこれが適正を図り、全国的に統一的取扱いを期することとなつた。
(三) その後、昭和三三年に至つて、物価情勢等にかんがみ関係団体の意見をも参考として前記「柔道整復師との施術協定について」も改定されて現行の保険局長通知が定められ、算定方法も従来の点数単価方式を廃し、金額表示方式に改められた(昭和三三年九月三〇日保発第六四号)。
以後、柔道整復師の施術料金は別表記載のとおり数次の改定と所要の改善がなされ今日に至つている。
なお、別表でも明らかなように厚生省告示の改定があると保険局長通知も改定されるのが実情である。すなわち厚生省告示の改定により医師は当然に収入増となるわけであり、医療類似行為を行つている柔道整復師についても収入増がないというのは不合理であるため改定がなされるのである。また、保険局長通知の改定に当たつては、厚生省告示の中味のどこが重点的に改定されたか等を勘案し、かつ、関係団体の要望、意見を聞き決定しているのである。
(四) 以上のとおり、保険局長通知は、健康保険における柔道整復師の施術に係る療養費の算定方法の全国的統一的な取扱いを示したものとしてなされた歴史的経過があり、かつ、保険給付の適正と公平を期するものとして定着して長年にわたり運用され現在に至つているものである。
(五) なお、保険局長通知は、前記のとおり日本柔道整復師会等の意見を参考として定められたものであるが、法的には被告らの主張3項のとおり、健保法四四条ノ二第一項の実施につき権限を有する者の「依命通達」という性格を有するものであるから、協定団体に所属する柔道整復師にのみ適用されるものではない。
2 柔道整復師の施術と医師の治療との質的差異
原告らは、本件各施術をも含めて柔道整復師が一般に行う治療は、厚生省告示が予定している整形外科医の行う整復治療と全く同一である旨主張する。しかし、医師の診断行為及び治療行為と柔道整復師の行う判断行為及び治療行為は、次のような質的差異が存することは明らかである。
(一) 医師は、診療に当たつては、医学通念に基づき、必要充分な局所及び全身的な診断並びに治療を行う義務を有するものである。したがつて、打撲、捻挫、脱臼、骨折が一見明らかな患者であつても、問診、理学的診断を行い、必要な場合は、レントゲン検査、尿、血液の検査などを実施し、全身的疾患の有無及び状態を診断し、その結果に基づき、観血的、非観血的整復、注射、投薬、処置、理学療法などの一又は二以上を併用し、全身的治療及び全身的治療の一環としての局所的治療を行い、傷病の治療及び健康の保持を図ることが期待されている。
(二) 一方、柔道整復師の業務は、打撲、捻挫、脱臼、骨折に対して、非観血的徒手整復及びこれに伴う治療行為を行うことである。
したがつて、柔道整復師の資格では、レントゲンを用いることは認められておらず(診療放射線技師及び診療エックス線技師法(昭和二六年六月一一日法律第二二六号)二四条一項)、その治療方法も、外科手術を行い、又は薬品を投与し、若しくはその指示をするなどの行為をしてはならないものである(柔道整復師法(昭和四五年四月一四日法律第一九号。以下「柔整師法」という。)一六条)。
また、応急手当の場合以外、医師の同意を得なければ、脱臼又は骨折の患部に施術をしてはならない(柔整師法一七条)とされている。
すなわち、柔道整復師の業務は医師の行う業務に比較して、著しく限定されているのである。柔道整復師の行う判断行為は、非観血的徒手整復術の適応の有無及び同術を適切に運用するための判断行為に限定されるものであり、医師の行う診断行為の限られた一部分を行つているにすぎないのである。
(三) 医師と柔道整復師の業務範囲が異なることから、医師と柔道整復師の免許要件も異なつている。
医師は、通常、高等学校卒業後六年の大学教育を終了し、医師国家試験に合格することを要求されているが、柔道整復師は中学校卒業後四年又は高等学校卒業後二年の養成施設における教育を終了し、都道府県知事の行う試験に合格することが要求されているものである。
すなわち、医師と柔道整復師とは、教育年限及びその範囲が異なつており、この教育に基づく両者の判断及び行為は、画一的に同質であると論ずることはできないのである。
(四) 医師が診療に従事する医療機関たる診療所及び病院は、医師の業務を行うための施設であり、通常レントゲン装置等を備えているが、柔道整復師の施術所は、かかる装置類は設置されておらず、業務の範囲からいつても、当然両者の間には格差がある。
(五) 柔道整復師の治療と医師が投薬、注射及び手術を行わない治療(非観血的整復)について、部分的に限定して比較した場合に、一見類似点が見られるが、この場合においても、両者の行為は同質ということはできない。つまり、医師においては全身的診断を行つた(柔道整復師は行うことはできない。)上で治療方針がたてられており、また局所的に見てもレントゲン検査(柔道整復師は行うことができない。)などにより治療方法の判断が下されており、更に、万一病状が変化し、緊急に投薬、注射、手術などを要するような事態となつた場合においても、医療機関においては、それに対応できる要員と設備が備えられているなどの担保がなされている。
以上のとおり、医師の診断及び治療行為と柔道整復師の判断及び治療行為との間には、著しくかつ明白な差異が存するのであるから、厚生省告示とは別に柔道整復師のする施術について療養費の算定基準を設けることは、極めて合理的であるといわなければならない。
八 被告らの再反論に対する原告らの認否
1 被告らの再反論1(一)ないし(三)項の各事実のうち、被告ら主張の通知、通牒が存在することは認めるが、その余の事実は知らない。同(四)、(五)項は争う。
2 同2項は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求の原因1、2項の各事実は、当事者間に争いがない。
被告らは、本件各施術に係る療養費支給額の決定に当たつては、保険局長通知を適用して算定するのが相当であると主張し、これに対し、原告らは厚生省告示乙表を適用して算定すべきであると主張して争うので、以下検討する。
二保険給付の原則と例外
法は、健康保険及び国民健康保険の保険給付として、被保険者の疾病及び負傷に関しては、診察、薬剤又は治療材料の支給等の療養の現物給付を行うことを原則とし(健保法四三条、国保法三六条一、二項)、療養の給付の中心となるものは、保険医療機関又は療養取扱機関(以下、一括して「保険医療機関」という。)が、保険医又は国民健康保険医(以下、一括して「保険医」という。)に担当させて行う診療であり(健保法四三条ノ二ないし五、国保法三六法三、四項、三七ないし三九条)、右診療行為もまた、厚生省令で定める一定の診療方針、診療基準及び診療方法によつて行うものとされている(健保法四三条ノ六、七、国保法四〇、四一条)。
そして、被保険者は、保険医療機関において一部負担金を支払つた上で療養の給付(保険診療)を受け(健保法四三条ノ八、国保法四二条)、保険医療機関は保険者に対し、療養の給付に要する費用(健保法にいう「療養ニ要スル費用」である。以下同じ)の額から一部負担金に相当する額を控除した額を請求することになる(健保法四三条ノ九、国保法四五条)。
しかして、療養の給付に要する費用は、厚生大臣の定むるところにより算定すべきものとされ(健保法四三条ノ九第二項、国保法四五条二項)、同大臣は、右各規定に基づき、厚生省告示を定めている。
他方、保険者は、現物給付の例外として、療養の給付を行うことが困難であると認めるとき、又は、被保険者が緊急その他やむを得ない理由により保険医療機関以外の病院、診療所その他の者の診療、薬剤の支給若しくは手当を受け、その必要があると認めるときは、療養の給付に代えて、療養費を支給することができる(健保法四四条、国保法五四条一項)。
三療養費の支給額の決定
療養費の支給額は、療養に要する費用の額から一部負担金に相当する額を控除した額を標準として、保険者が定めるとされ(健保法四四条ノ二第一項、国保法五四条三項)、右療養に要する費用の額の算定については、健保法四三条ノ九第一項所定の「療養ニ要スル費用」の算定の例、すなわち厚生大臣の定めである厚生省告示の例によることになる(健保法四四条ノ二第二項、国保法五四条四項、四五条二項)。
このような法の規定に照らせば、療養費の支給額の決定は、健保法四三条ノ九第二項所定の「療養ニ要スル費用」についての厚生大臣の定めである厚生省告示に裁量の余地なく覊束されると解すべきではなく、保険者が右告示によりつつ、これを参考として保険者の裁量により療養費を定めるものと解すべきである。
このことは、健保法四三条ノ九第二項及び国保法四五条二項が、保険給付の原則である療養に要する費用は厚生大臣の定める所により算定すると規定しているのに対し、保険給付の例外である療養費の支給額の決定については、「標準トシテ保険者之ヲ定ム」(健保法四四条ノ二第一項)又は「基準として、保険者が定める」(国保法五四条三項)との文言が使用されていることからも明らかであるといわなければならない。
また、実際にも、療養費を支給する場合としては、例えば、非保険医の診療を受けたとき、柔道整復師の施術を受けたとき、あんま、はり、きゆうの施術を受けたとき、沖縄の医かい輔の治療を受けたとき等諸々の事例が想定されるところ、これらの診療、施術は、その内容が現物給付について定めた厚生省告示の診療内容とは必ずしも一致せず、また、診療方針等も異なることが考えられるから、それらの費用が健保法四三条ノ九第二項所定の「療養ニ要スル費用」に一致するとは解されず、特に非医師の治療行為は、非医師が保険医とはその資格を異にしているので、医師の診療行為と同質のものとはいえず、それに要する費用もまた医師の診療に要する費用とは当然異なることが予想されるのである。したがつて、療養費の支給額を決定するに当たつては、保険医療機関において保険医がする診療に要する費用の算定方法である厚生省告示をそのまま使用することは適当とは解されないので、法は、厚生省告示によつて算定される額を一応の基準として、保険者においてその専門的技術的知識を基に諸般の事情を考慮して個々的に療養費の支給額を決定するようにしたものと解することができるのである。
四柔道整復師の施術に対する療養費の算定方法と本件(一)、(二)の各決定の適法性
1 柔道整復師の施術が、健保法制定当初から同法四四条所定の「療養ノ給付ヲ為スコト困難ナリト認メタルトキ」に当たるとして、療養費支給の対象とする取扱いがされてきたことは、当事者間に争いがない。
してみると、柔道整復師の施術に対する療養費の支給額もまた、右施術と同種の療養を現物給付した場合に要する費用を厚生省告示に準拠して算定し、その額に一部負担金の割合を乗じて得た額を控除した額を基準とし、保険者がその裁量の範囲内において決定すべきものということができる。そして、柔道整復師の施術については、一般的に療養費の支給対象としていることから、当然支給件数が多数にのぼり、また、柔整師法で柔道整復師の資格が定められ、その施術内容も個々の柔道整復師によつて大きく異なるものではないから、保険者において、健保法四四条の二第一項、国保法五四条三項の趣旨を踏まえて、あらかじめ柔道整復師に共通の施術を一定の項目に分類の上、これに要する費用の算定方法を定めることは、当然許されるものというべきであり、医療保険制度の公平かつ迅速な運営の観点からも望ましいことといわなければならない。
2 原告桜井は政府の管掌する健康保険の被保険者であり、健康保険の保険者は国であるところ、保険給付の決定、給付額の算定その他保険給付に関する事務は、都道府県知事に委任されている(健保法施行令二条四号)から、療養費の支給額もまた都道府県知事において決定することになるが、各都道府県ごとに柔道整復師の同種の施術について異なる支給額が決定されることは、健保法の公正かつ妥当な運営の観点から好ましいことではない。そこで、健康保険の主務大臣である厚生大臣は、健保法に基づく療養費の支給額の決定について都道府県知事を指揮監督することができ(国家行政組織法一五条一項、地方自治法一五〇条)、したがつて、同大臣は、右指揮監督権の発動として、柔道整復師の施術に要する費用の額の算定基準を定め、これを都道府県知事に通達することができるところ、<証拠>によれば、厚生大臣の命を受けた厚生省保険局長は、全国的な健保法運営の公平を図るために、柔道整復師のする施術と同種の施術につき厚生省告示によつて算定される額を一応の基準として、社団法人日本柔道整復師会(同会には全国の柔道整復師の九〇パーセント以上が加入している。)等の関係団体の意見をも参考にし、昭和三三年九月三〇日付けで保険局長通知を定め、これにより柔道整復師の施術に要する費用の額を算定し、その額から一部負担金に相当する額を控除した額で療養費の支給決定を行うことを都道府県知事に通達したこと、以後保険局長通知は、別表記載のとおり、厚生省告示が改正される都度、項目ごとに調査検討が加えられ、必要に応じてほぼ同時期に改正されてきたことの各事実を認めることができる。したがつて、保険局長通知は、健保法四四条ノ二の保険者の支給決定権及び厚生大臣の指揮監督権に基づき都道府県知事にあてられた依命通達の性格を有するものということができるが、右通知は、右認定の制定の経緯及び医療保険制度の公平かつ迅速な運営の観点に照らして十分合理性を有するものというべきである。
原告桜井は、保険局長通知は行政内部の通達にすぎないから、同原告が右通知に拘束される理由はない旨主張するところ、同通知が直接原告に対して拘束力を有するものではないが、問題は同通知を適用してなされた決定が適法か否かということであるところ、前記判示のとおり保険者は、療養費の算定について健保法四四条ノ二第一項に基づく裁量権を有しており、かつ、保険局長通知は右規定の趣旨に適合した合理的なものと認められるのであるから、右通知を適用してなされた支給額の決定には右裁量権の逸脱もなく、適法であるといわなければならない。
しかして、本件(二)の決定が、保険局長通知を本件(二)の施術に適用して算定したことは、当事者間に争いがないところ、前記判示のとおり同通知は合理的なものと認められるから、本件(二)の決定は適法なものといわなければならない。
3 原告粉川は国民健康保険の被保険者であり、国民健康保険の保険者は市町村(なお、横浜市神奈川区の場合は、療養費支給額の決定の権限が神奈川区長に委任されている。)及び特別区並びに国民健康保険組合であるところ、これらの保険者は、健康保険の保険者と同様に療養費支給額の決定につき国保法五四条三項に基づく裁量権を有するのであるから、右裁量権に基づき柔道整復師の施術に係る療養費の算定方法として合理性を有する保険局長通知を柔道整復師のする施術に適用して右支給額を決定することも当然許されるものというべきであり、むしろ、国民健康保険と健康保険の整合性を実現し、全国的な医療保険制度の公平な運営を図る上で好ましいことといわなければならない。
また、保険局長通知が行政内部の通達にすぎないから原告粉川が拘束される理由はない旨の同原告の主張も、前記判示のとおり失当であるといわなければならない。
しかして、本件(一)の決定が、保険局長通知を本件(一)の施術に適用して算定したことは、当事者間に争いがないところ、前記判示のとおり同通知は合理的なものと認められるから、本件(一)の決定は適法なものといわなければならない。
4 原告らは、保険局長通知は、柔道整復師の施術にも、一応は厚生省告示を適用して基礎的な療養に要する費用を確定し、そこから一部負担金を控除して標準となる療養費を算出するという健保法四四条ノ二第一項及び国保法五四条三項所定の療養費算定の法形式に著しく違反する旨主張する。
しかし、療養費支給額の算定方法もまた、右各規定に基づく保険者の裁量に属する事柄であり、保険局長通知が右裁量を踏まえた合理的なものであることは前記判示のとおりであるから、原告らの右主張は失当であつて採用することはできない。
四柔道整復師の施術と医師の治療との差異
原告らは、本件各施術をも含めて柔道整復師が一般に行う治療は、厚生省告示が予定している整形外科医の行う整復治療と全く同一である旨主張する。
そして、<証拠>によれば、柔道整復師の施術と医師の行う治療のうち、投薬、注射及び手術を行わない治療(いわゆる非観血的整復である。)との間には、部分的には類似点が存することも認められるが、この場合にも、<証拠>によれば、医師と柔道整復師とでは、資格要件及び診療施設等にも著しい違いがあるところから、その診断方法等についても格段の違いのあることが認められる。してみると、柔道整復師の施術と医師の治療とを全く同一に取扱うことは適当ではなく、したがつて、柔道整復師の行う施術について医師の行う治療に適用される厚生省告示とは異なる療養費の算定基準を設けることは、十分合理性を有するものといわなければならない。
五料金協定と保険局長通知
また、原告らは、保険局長通知は、保険者が特定の柔道整復業営業者の団体との間で料金協定を締結、改定する際に考慮されるべき行政庁部内の内部的指導にすぎず、協定料金を実施している協定団体に所属している柔道整復師のみに適用されるところ、本件各施術をしたアラルコンは協定団体に加入していないから、原告らが保険局長通知の適用を受ける理由はない旨及び協定団体に所属していない柔道整復師は、療養委任払いの特典が認められないから、実質的にも保険局長通知の拘束を受ける理由はない旨主張する。そして、<証拠>によれば、柔道整復師の所属団体と都道府県知事との間に、健保法等による施術について協定が締結されていること、しかし、同協定は、保険局長通知による施術料を前提として、保険者から被保険者等が施術料を受領するについての委任、柔道整復師の指導監督等に関する取決めにすぎないことが認められる。したがつて、保険局長通知は協定団体に所属している柔道整復師のみ適用されると解すべき根拠はなく、原告らの右主張は失当であるといわなければならない。
なお、原告らが協定団体に加入していない柔道整復師の施術を受け、そのため療養費の委任払いが認められず、施術料の一時的な全額出資を余儀なくされ、あるいは、協定料金以上の施術料を支払い、その部分につき療養費が支給されなかつたとしても、それらは、協定団体に加入していない柔道整復師の治療を受けた原告らの任意の選択によるものであつてやむを得ないものというべきであり、しかも、健保法四四条及び国保法五四条自体は、被保険者が一旦療養費の全額を支払つた上で、保険者が認める限度で療養費を被保険者に支給するという制度を予定しているのであるから、原告らが一旦療養費を全額出資するとしても、それは何ら原告らに不利益を課するものということはできない。
六結論
以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九三条を各適用し、主文のとおり判決する。
(古館清吾 吉戒修一 山崎善久)
別表<省略>